小学校の社会科見学でこちらの建物を見学したことがありました。
子供ながらに、なんだか不思議な建物だと思うとともに、古めかしい建物を保存していることにも疑問を感じていました。その思いから、数十年間この建物を保存し続けた結果、令和になって近代学校建築としては初めて国宝に指定されたと知り驚いたのでした。
先見の明なさすぎました…(TдT)
大人になって訪れてみたら、子供の頃に見た印象よりももっと老朽化が進んでいて、校舎内を裸足で歩くことすら禁止されるくらいに古びていて、また違う驚きを感じたのでした。時の流れを感じる。
文明開化を伝える擬洋風建築の代表作

この建物のシンボルでもある、やや珍妙とも思える和洋折衷な装飾。
天使と龍のモチーフや、唐突に塗られたスカイブルーの色、風見鶏かと思いきや東西南北を示すてっぺんの飾り。
建物の正面に西洋由来の天使の看板と、日本で伝統的に用いられてきた龍の彫刻を並べて配置するという大胆不敵なデザインは、旧開智学校校舎にしか見られないともいわれています。
引用:旧開智学校公式HP

この建物に降り混ざった印象の不可思議さは、大人になって色々な建物を見た経験を重ねた後にも、類を見ないものだと思います。
明治初期、日本中が文明開化に沸いていた時代に、建物も洋風のものが求められるようになり、日本人がどのように西洋の建築を受け入れていったかをよく示す建築と評価されているそうです。
一見、石のように見える装飾も、木材で掘られたものに、漆を塗る日本が得意とする手法で、「石目塗」や「煉瓦塗」と呼んでおり、日本の職人が慣れていた「塗り」の技術を応用して洋風に仕上げているそう。
実際に建物を施工する大工たちに、当然ながら洋風建築を造った経験はありません。
そのため、東京や横浜、大阪や神戸などの先進地へ見学に行き、洋風建築の情報を集めるとともに、持ち前の伝統技術を応用して洋風に見立てたり、身の周りの材料を工夫して洋風に似せたりすることが行われました。
このようにして、各地で洋風を目指した建築が造られていったため、和風や洋風など様々な要素が混ざり合った建築が全国で誕生しました。こうした建築は擬洋風建築といわれ、日本人がどのように西洋の建築を受け入れていったかをよく示す建築と評価されています。
引用:旧開智学校公式HP

石碑は未だ重要文化財ですが、現在は「国宝」です。

玄関でスリッパを履くのですが、滑り止め加工をしたスリッパはとても歩きにくく(注意書きがありました)、それでも裸足で歩くことは禁止で、階段でスリッパがスッポ抜けそうになり、転げ落ちるかも…という恐怖はなかなかスリル満点です。
校舎内を歩く時は十分に注意してください。

校舎内にも、明治の日本人の考える「洋風」が盛り込まれている装飾を見ることができます。このライトも、天井の装飾も。
展示については、子供の頃に見た時のほうが多かった印象で、どの部屋も当時の様子を紹介するパネルが多く配置されています。
特に印象的だった「下駄スケート」が衝撃で…長野県はスケートやスキーが学校の授業に組み込まれていることもあり、これでスケートをするって飛んでもない身体能力なんだろうと察した次第。

画像引用:https://www.vintag.es/2021/05/geta-clogs-skates.html
もう一度これを拝みたい気持ちで此処を訪れましたが、残念ながらこちらの展示はなくなっていました(TдT)

校舎内の扉にも、天使を想像させる西洋の雲のモチーフの装飾。

日本を象徴する龍のモチーフが盛り込まれています。

この色合いと空気感、そして曇るような埃を含んだ校舎の香り…100年前にタイムスリップしたよう。
前述したスリッパがスッポ抜けそうなスリルを添えて。本当に階段気をつけて…特に降りる時。

旧開智学校校舎は、明治初期の学校校舎としては非常に機能的に造られています。(略)
中廊下によって各教室を独立させ、全部で32部屋もあった教室を当時としては広めの3間×4間というサイズで統一しました。中廊下のため日当たりの悪くなる場所もありましたが、子どもたちの勉強する教室をなるべく南側に配置するなど、計画面で建物の不備を解消しようとした動きも見受けられます。
旧開智学校校舎は、学校に対する理解が深まっていない当時としては、非常に高い完成度を誇る校舎と評価されています。学制で示された当時の教育環境の理想形を示す校舎としても価値が高いといわれ、近代教育の黎明期を象徴する校舎としての評価を得ています。
引用:旧開智学校公式HP
今の学校では当たり前の風景ですが、案外昔はそうでなかったようですね。旧開智学校は、今の学校校舎の理想形を作った先駆けかもしれません。
展示の内容は、この校舎や歴史にすごく興味がなければ、パネル中心であまり感心を示せるものではなくなっているので、大胆な建築以外の部分はあらかじめ公式HPで予習をしておくと理解が深まりそうです。
…
残りの写真はスライダーでお楽しみください。
近くにある県宝 松本市旧司祭館もご一緒に

こちらは長野県宝に指定されている「松本市旧司祭館」

旧司祭館は、明治22年(1889)にフランス人のオーギュスタン・クレマン神父により、松本城のすぐ北側に建設された西洋館です。
以後、100年近くにわたり松本カトリック教会の宣教師たちの住居として使用されました。
引用:松本市旧司祭館公式HP
近くにカトリックの教会もあり、このあたりでもキリスト教の布教が盛んだったことが伺えます。

お屋敷の中に入ると、こちらは「ハウス名作劇場」に出てくるような、クラシックな洋風建築。
実際の洋館はあまり目にする機会はないのですが、心象として、アニメから記憶に根付いているせいか、既視感さえ感じる安定した西洋のイメージそのもの。
この手の暖炉は実物は見たこと無いのに…ここでチーズやパンを焼いたり、犬が寝転がって温まっていたりという雰囲気を一瞬で想像できてしまう。

なんと実際に使えるように復元しているとは…なにかのイベントで、この暖炉でパンとか焼いてほしいですよね。
部屋にある暖炉の他にも、キッチンには調理用の暖炉など、煮炊きに便利な設計が施されたものもありました。妄想族にはたまらん光景です。

こういうランプの雰囲気とか…

暗い室内に、窓から紅葉が見えたり…赤毛のアンとか想像しましたけど…

アンティークなデスクの引き出し。これはなんとなく小公女セーラ。

ロッテンマイヤー先生が降りてきそうな階段。
こちらは靴のまま上がるので、安心して見回る事ができます。
一定年齢いっている方には(もちろん自分も含む(^_^;))、アニメで見た光景が「本当にあったんだぁ」的な妄想で楽しく過ごせます。
まとめ

国宝 旧開智学校と県宝 松本市旧司祭館をご紹介しました。
唯一無二といっていいオリジナリティあふれる和洋折衷な建築の不思議な違和感は外観だけでも十分に堪能できます。
入場料が700円ですので、中に入って価値を感じる人はそれぞれだと思います。ただ、このクラシカルとモダンが融合した歴史建造物を保存する上で、入場料は大切な資金だと思います。
松本市旧司祭館は無料で入れますし、旧開智学校から道を隔てた隣にありますので、ついでに足を踏み入れるのは大いに「あり」だと思います。

子供ころから当たり前に存在していたもので、この建物の価値があまりわからなかったけれど、Googleの口コミを見ると「教育熱心さが伝わる」「文明開化を象徴する小学校」など、観光で長野を訪れる人のほうが、強く感心を示す場所のようです。
松本城も似たような感じがありますね。地元民だとありがたみがわからないものですな…田舎あるある…。

観光用にバスも走っていますし、お城からも徒歩圏内ですので、100年前にタイムスリップする独特な雰囲気を感じるために足を伸ばしてみるのも良きかと思います。
松本市街の宿泊は
現地へのアクセス
旧開智学校公式HP
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